温熱設計Hino Architectural Design

6.PASSIVE HOUSE

パッシブハウスは1991年、ドイツのファイスト博士によって提唱された、ドイツの省エネルギー基準で、日本の省エネ基準(平成28年基準)の数倍の温熱性能・省エネ性能が求められます。その高い性能は、住まい手の様々なメリットと、地球環境にやさしいことを両立させるためにあります。

パッシブハウスは、人にやさしい家は

パッシブハウスの高い温熱性能は、室内温熱環境を、ムラなく理想的なものにします。それによって得られる健康上のメリットは、ヒートショック・インフルエンザ・風邪などの分かりやすいものだけではありません。

  • 室内で温度的ストレスに悩まされることがなくなるので、在宅時の体力の消耗が少なくなる。
  • 睡眠の質が向上するので、疲労感が少なくなる。
  • リラックスできるので、冷え性・肩こりが改善する。
  • 体の芯から温まり、深部体温が上昇するので、免疫力が上がり、ガンも含め、病気になるリスクが少なくなる。

そして、そういう室内温熱環境が、最上の快適性を与えてくれることは、言うまでもありません。

人にやさしい家は、我慢いらずでお財布にもやさしい

パッシブハウスの高い温熱性能は、省エネ性能を高めますので、冷暖房に必要なエネルギーを90%削減することができます。 この省エネ性能が、日本の基準(平成28年基準)の住宅に部分間欠冷暖房で暮らす時の半分のエネルギーの1/2で全館連続冷暖房することを可能にします。

ですので、まったく我慢することない暮らしを、平均的な新築住宅で我慢しながら暮らす場合の1/2、平均的な既存住宅(平成4年基準を想定)で我慢しながら暮らす場合の1/3の光熱費で実現出来ます。

※部分間欠暖房とは?

暖房が必要な期間を通じて連続的に暖房するのではなく、夜間など暖房が特に必要な時間のみ、リビングや寝室のみを暖房すること。非暖房室(浴室・トイレなど)の室温が低くなり、家の中に温度ムラが発生するが、暖房に必要なエネルギーは、全館連続暖房の1/2以下になりますが、日本人の我慢強さのおかげで実現するとも言えます。

人にやさしい家は、地球にもやさしい

パッシブハウスの高い省エネ性能は、住まい手のお財布にやさしいだけではありません。 必要とするエネルギーが大幅に減るので、地球環境への負担が大幅に減りますので、それだけでも、従来の家づくりよりも十分地球にやさしいと思います。

しかし、発電所と送電線という、巨大なインフラを必要とする電気をエネルギー源とする割合をなるべく抑え、薪・ペレットといった再生可能エネルギーを積極的に取り入れていくことにあり、それは持続可能な社会をめざすという理念の元にあります。

高い温熱性能+高効率な冷暖房・給湯設備だけでも、パッシブハウス基準をクリア出来ますが、出来れば再生可能エネルギーも積極的に導入し、より地球にやさしい家づくりを目指していきたいものです。

ここからは、パッシブハウス認定のための基準値とその意味を解説していきます。

  • 年間暖房負荷:15KWh/㎡以下(平成28年基準のおよそ1/6)
  • 年間冷房負荷:25KWh/㎡程度以下(平成28年基準の、およそ1/3)
    ※冷房負荷の基準値は、地域によって変わります。
  • 年間一次エネルギー消費量:120KWh/㎡以下
  • 気密性能:ACH(50Paの差圧をかけた時の漏気回数)が0.6回/h以下(加圧・減圧とも)
年間暖房負荷:15KWh/㎡以下

この基準をクリアするためには、徳島県においても、断熱性能(U値)が0.3を切る必要があります。 これは、平成28年基準の断熱性能(U値=0.87)のおよそ3倍の断熱性能で、さらに、窓から十分な日射熱がとれるようにする必要もあります。

このような高いハードルが何のためにあるのか。 それは、真に健康で快適な暮らしを実現するための室内温熱環境を経済的に実現するためです。

では、そのためには室温をどのくらいに保つ必要があるのか、次の表でわかります。

出典:近畿大学 岩前教授

実は、健康に暮らすためには、室温21℃以上に保つ必要があります。 それも、リビングや寝室だけでなく、トイレ・浴室・廊下なども含めてです。

これは、従来の日本の住宅の温熱性能では到底出来るものではありません。 実際、日本では、冬期には入浴中の死者が増える傾向にあり、温度差による、ヒートショックで無くなっていると考えられます。

出典:エビデンス集(P51)

また、ヒートショックで死亡とまではいかなくても、室温が低いことは様々な健康上のリスクを高めますので、パッシブハウス基準では冬は25℃の全館連続暖房が前提となっています。 パッシブハウスの高い断熱性能をもってすれば、多少温度ムラがあるとしても、家全体が21℃以上になるはずです。

一見非常に厳しいように思えるこの基準ですが、徳島県の場合、実はさほど難しいことではありません。 冬でも日中は比較的気温が上がることと、日射量が多いおかげで、東北・北海道より、はるかに薄い断熱厚で、年間暖房負荷の基準値の15KWh/㎡以下を達成でき、予算的ハードルも低くなります。

経済性でも最適解

年間暖房負荷15KWh/㎡以下を実現できる温熱性能になると、換気風量で暖房をまかなえるようになり、24時間換気にエアコンを組み込むことで空調をすることが可能になります。 また、エアコン1台で家全体を冷暖房することも可能になります。 これにより、換気システムと空調システムを一つにまとめることが可能になり、換気・空調設備のコストが一気に下ります。
なので、ある程度以上高性能化するのなら、思い切ってパッシブハウス基準まで性能を引き上げた方が、経済的にも有利です。
これが、パッシブハウスが、経済的にも最適解である、と言われる根拠です。

ただし、日本では・・・

日本、特に西日本の太平洋側の気候で考えると、経済性の最も良い温熱性能はもう少しハードルが下がり、年間暖房負荷40KWh/㎡以下が一つの目安になると言われています。

ですので、徳島県においては、パッシブハウス基準は経済性の最適解というには少し高性能すぎるかもしれません。
しかし、「健康で快適な暮らし」、「省エネ」、「持続可能な社会への貢献」という観点では、やはりパッシブハウス基準が最適解であることに変わりはありません。

年間冷房負荷:25KWh/㎡程度以下

徳島県の気候では、年間暖房負荷の基準クリアが比較的容易に達成できるものであるものの、年間冷房負荷の基準クリアは非常に厳しいです。
元々、ドイツ本国における年間冷房負荷の基準値は、15KWh/㎡以下です。 しかし、徳島県などの西日本の温暖地(というか蒸暑地)の夏は、ドイツと違い湿度が非常に高く、除湿に多くのエネルギーを必要とするので、年間冷房負荷15KWh/㎡以下の達成は不可能です。 そこで、ドイツ本国のパッシブハウス研究所と、パッシブハウス・ジャパンが協議し、日本独自の基準値が出来ました。
しかし、かなり厳しい基準となるので軒・庇の調整といった基本的なパッシブデザイン的設計だけでは不十分です。 アウターシェードや外付ブラインドまで含めた十分な日射遮蔽はもちろんのこと、各部屋ごとの熱収支の確認が必要な場合もあります。

年間一次エネルギー消費量:120KWh/㎡以下

パッシブハウスの場合、従来の住宅の1/10という、最小限のエネルギーで冷暖房をまかなうことができます。 しかし、もし冷暖房器具や給湯器が効率の悪いものであれば、冷暖房に必要なエネルギーは数倍に膨れ上がり、年間一次エネルギーの基準達成は絶望的になってしまいます。

例えば、同じく電気をエネルギー源とする暖房器具・給湯器具でも、熱源によりエネルギー効率が全く違います。

暖房器具の種類 熱源 エネルギー効率
エアコン ヒートポンプ 3.0~5.0
電気ストーブ 電熱線 0.9~1.0
蓄熱暖房機 電熱線 0.9~1.0
暖房器具の種類 熱源 エネルギー効率
エコキュート ヒートポンプ 2.5~4.0
ユノックス(電気温水器) 電熱線 0.7~0.8

このように、電気をエネルギー源にする場合は、必ずヒートポンプにする必要があります。 電気ストーブ・電気温水器などの電熱線による 電気生炊き は、絶対やってはいけません。 (さも省エネであるかのように、家電量販店でもネット通販でも売っていますが、だまされてはいけません)
パッシブハウス基準をクリアするためには、最低でもエアコン冷暖房+エコキュートにする必要があります。 ですがこれは現在の日本の住宅業界においては標準的なもので、とくに難しいものではありません。他の基準は、従来の家づくりから大幅に性能を高めなければクリアできないのに、なせ年間一次エネルギー消費量だけはそうでない理由、それは、日本のエアコンとエコキュートが、非常に高効率だからです。
しかし、パッシブハウスの根本的な理念は、電気をエネルギー源とする割合をなるべく抑え、薪・ペレットといった再生可能エネルギーを積極的に取り入れていき、持続可能な社会をめざすというところにあります。

再生可能エネルギーを取り入れると、災害時にインフラ設備が機能を停止しても、受ける影響が小さくて済む場合もあります。 地球環境のためにも、災害時のリスク軽減のためにも、再生可能エネルギーを積極的に取り入れていきたいものです。

気密性能:ACH(50Paの差圧をかけた時の漏気回数)が0.6回/h以下

日本では、C値(隙間相当係数)の方が広く使われていますが、パッシブハウス基準は、国際的な基準であるACHを使用して気密性能を評価します。 ACH0.6回/h以下を、日本で一般的なC値に換算すると、概ね0.3㎠/㎡以下になります。 この後ろの解説では、各種資料がC値で出来ているので、C値で話を進めていきます。
ですがその前に、ACHとC値の違いを解説します。

ACHとC値(隙間相当係数)の違い

ですが、測定方法なども含め、単純に比較できないところがあるので、少し整理してみたいと思います。

<基準となる差圧の違い>

C値が9.8Paの差圧をかけた時の空気の漏れに対する値であるのに対して、ACHは50Paの差圧をかけた時の空気の漏れに対する値です。

<測定方法の違い>

C値は比較的有利になりやすい減圧法だけで測定しますが、ACHは、減圧法・加圧法の両方を測定し、その平均値を採用します。

<数値の分母となる建物の気積の違い>

C値は、柱芯で囲われた面積×天井高(正確にはもう少し複雑)で求められる気積なのに対して、ACHは、有効気積という、気密ラインの内側で囲われた気積を計算して求めます。 なのでACHの方が、気積が小さくなるので、不利な数値になります。

<結論>

このように、ACHの方が、建物の気密性能を、高い正確性で評価できるように思います。 ただ、C値の方が比較的簡単に測定できますし、気密測定をするのとしないのは非常に大きな違いがありますので、気密測定の普及を促進するためには良い方法であるかもしれません。

では、C値0.3㎠/㎡を切ることの意味を解説していきます

他のページでも書いたように、気密性能を高めることで、壁体内結露を十分に防止し、家の寿命を伸ばし、住人の健康を守ることができます。また、冷気・暖気が漏れなくなるので、外気の流入も止まりので、冷暖房が良く効き、家の中の温度ムラも少なくなります。

そして、換気・空調計画的には、C値=0.3㎠/㎡を切ることは大きな意味があります。 C値=0.3㎠/㎡を切ると、換気計画が80%以上機能するようになります。

出典:日本住環境 セミナー資料

これにより、換気システムにより、家中隅々まで空気が入れ替わるようになり、窓を開けなくても息苦しさを感じることが無くなりますので、全館連続冷暖房を、現実的に実施できるようになります。

パッシブハウスのデメリット

耐久性なども含めても、完成した建物にデメリットは無いように思います。 ただ、設計・施工ともに、難易度が高いのはデメリットかもしれません。

パッシブハウス認定を目指さなくても

弊社が賛助会員になっている、パッシブハウス・ジャパンでも、パッシブハウス基準の少し下のレベルに、「パッシブハウス・ジャパン推奨ゾーン」というものを設定しており、年間暖房負荷40KWh/㎡以下前後にも、ある種の妥当性があると考えています。

実際、パッシブハウス認定を取るとなると、超えるべきハードルが少し増えることも事実ですので、その少し手前の性能を狙うことも、賢い選択肢の一つだと思います。 実際、弊社代表が過去に設計・施工した物件で、パッシブハウス基準にわずかに届かないぐらいの性能の住宅が多くあります。
そのレベルの住宅であれば、室内温熱環境はかなり上質で、価値のあるものです。

2020.08.04
温熱設計